名前:yukiyo hill
性別:女性
mixiネーム:
Yuki&わいふ
Twitter名:
breezenicehere
ナースとしてホスピス病院で働きながら地元長野県にレゲエを根付かせることを目的に1999年にCOM-UNITY SOUND活動を始める。地元長野を中心に屋内外レゲエイベントを企画・運営していくと共に、年に一度ジャマイカへと修行の旅を重ねる。2001年ジャマイカ直輸入雑貨やレゲエCDやDVDを販売する「SweetLifeMarket」をオープン。2005年にジャマイカで出会ったDeeJayの夫robertとジャマイカで結婚。その後は夫と共に長野に移住し4年間のリアルジャマイカンDeeJayも交えてさらなるレゲエ活動を展開。2008年子供を授かりナースのお仕事はお休みし、2009年家族でジャマイカで暮らす夢が現実となりゲストハウス「BREEZE HERE」がスタートしました。2010年ジャマイカ政府公認TPDCo TEAM MEMBER取得。
マルーン新年祭 in Accompong Maroon Village☆彡
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お待たせしています。今年も行ってきましたMroonFestivalマルーン族の新年祭。昨年は到着した時にはマルーンのお祭りは終わり夕暮れからのパーティを朝まで楽しみましたが、今年は前日から泊まり込みマルーンのお祭りをメインにパーティはこれからというところで会場を後にしました。
ジャマイカではマルーン族(逃亡奴隷)のことを学校で学び、ジャマイカという国が始まってから現代に至るまで目をつぶることができない奴隷という最大の歴史。。。その真髄から発生した逃亡奴隷マルーン族はマルーンの女王ナニー(500JM$の人です)をジャマイカナショナルヒーローとして掲げていることからも、現ジャマイカンにも勇敢で誇り高き存在であり、自分はマルーンの子孫だという人も多いです。つい先日もジャマイカンに私の娘はマルーンの血を引いていると言われたほど、マルーンの存在はジャマイカンの心に根付いています。マルーン族のことや特別自治区だった聖地アコンポン、歴史の論議は、こちらに来たゲストさんとしてるように体験の中でお話したいので、今回は行って見てきたマルーンのお祭り儀式の一連をご紹介します!☆彡
ちょうど日付が6日に変わる0時ごろ、友人のラスタとともにアコンポンマルーンビレッジに到着、星空がきれいな中すでに路肩には露天がずらりと立ち並び前夜祭のサウンドシステムからブランニューが村中に鳴り響いていた。大気からNaturalMysticを肌で感じる雰囲気、前々から連絡を取っていたマルーンの子孫さんと落ち合い24時間借りるお部屋へ案内してもらい、夜中2時ころからKindahTree(Kindahとはアフリカの言葉でOneFamily)で何か行われている様子だったけれど、早朝に行ってみる事に決まり一休み、朝方までサウンドシステムが鳴り響いていた♪早朝、マルーンの子孫さんは携帯を紛失されたこともあり、朝日が昇ってから私たちはアコンポンの村の中を歩きながら、資料館やパワースポットを案内し露天で朝食をとった。
朝日とともに到着しシステムを積み出すSoundTrooperももちろん自分はマルーンの子孫だと思っている。その後すぐにStoneLoveも学校敷地内にシステムを組みコンサートが始まる。他にもすでにサウンドを積みビートを鳴らしてる場所が数箇所、村中に有名サウンドシステムが集結することはジャマイカでも珍しい。
スープやお弁当、ジャークチキンやベンダーなど通常のジャマイカのイベント場所で見る露天でも、マルーンフェスで目を引くのはポーク。このポークを使った料理がマルーン族の伝統料理であることにも意味がある。
このポークの口に加えられたガンジャ。この日たくさんのポリスが見回りをしてるけれど、マルーンの儀式に欠かせないガンジャ(聖なる葉)を目の前で吸おうが売ろうがポリスが取り締まることはない。6日のマルーン族の魂が蘇るとされるこの日は、マルーンのルールによって全てが動き、彼らにとってこのガンジャは大きな意味がある。
10時すぎ、人々がKindahTreeの方に歩いていくので行ってみると、ちょうどマルーンの儀式が始まったところだった。この儀式をしている人はディープな濃いマルーン族の子孫だそうです。
グンべというドラムを男性が叩きその周りでナショナルコスチュームのチェックのバンダナ柄の衣装を来た女性が歌い、踊る。ドラムはラスタが使うけてとは違い、ポコと呼ばれるジャマイカでも埋葬の時に使うドラムにとても似ている。これを見て聞いているだけでも気分が高揚してくるのだけれど、これを見れたという喜びよりも、もっと深い心の魂に響いてくる、ときに泣きたくなるような感動である。
KindahTreeのすぐ隣に、当時アコンポンのマルーン族のキッチンとして使われていた場所を、当時と同じように再現し、この日の為に生贄となった黒い鳥と黒い豚が調理される。
調理が始まり人々も増え、ドラムの音と歌はどんどん高揚していく。海外からのメディアや観光客も多く周りを囲うように集まってとってもピースフルな空間になる。この場に居た者のみ感じる不思議なパワーを言葉にするのはとても難しい。
歌い踊る女性は小脇にラムボトルを抱えラム酒を振りかける。ドラムを叩くものも歌を歌うも者も周りの者も、全体がラム酒で高揚、陶酔していくのを感じる。歌の歌詞や詳しい意味をもっと知りたいが、知らなくても魂にぐっとくる感じをどう証明したらいいのだろう。。。とにかく太鼓も歌も踊りも激しくなっていく。
調理はスープのようなものが完成された。中にはヤムイモなども一緒に調理され、当時アコンポンを統治していた、ナショナルヒーロー・ナニーの弟、キャプテン・コジョーの眠るお墓へ捧げられる。この捧げ物に持っていくものは葉を敷いたお皿の上にヤム芋や豚の心臓と思われる内蔵部分であり、太鼓を叩く周りで歌い踊る女性たちが捧げ物を、コジョのお墓方面であるブッシュ奥深くへと持っていった。
女性たちが戻ると、今度は一人の女性がアベングと呼ばれる角笛に合わせて、コジョの眠るお墓方面のブッシュへ向かって狂ったように手招きするように声を出し体を動き出す。これはコジョはもちろん、当時のマルーン族の魂を生き返らせているところだ。見ている周りのみんなもクギ付けとなり感動する瞬間だった。
しばらくすると、コジョが眠るお墓方面から当時マルーン族がしていたように、草で身をカモフラージュし武器を持つマルーン族のキャプテン・コジョを始めとする一行が現れた!!
一行はKindahTreeの下で歌い踊り、一年の始まりの喜びと一年の願いを胸にそのままアコンポンの村中をうねり歩く。
会場の村の中は一年で一番の賑わいでごった返し、車が通るのもやっと。とにかくすごい人、人、人!
一行は資料館でUターンしKindahTreeへ戻って儀式は終了となる。調理されたものはその場に居た者たちへ振舞われる。生贄を捧げ、グンべという太鼓とアベングという角笛を使いラム酒とガンジャで歌い踊る、この一連の儀式は西アフリカから奴隷達が持ってきた黒魔術信仰オーべアであり、現在のジャマイカローカルでも色濃く残る土着的なアフリカ文化の一部である。アコンポン資料館では今でも観光地としてその歴史を見ることができます。
午後3時頃、儀式が終わるとともに雨がザーッと降り始め、私は魂が抜かれたように一時間ほどぐっすり眠ってしまった。目が醒めると雨はあがりアコンポン村に大きな虹のアーチがかかりパーティのサウンドシステムが鳴り響いていた。夜がふけてキラマンジャロがガーネットシルクのダブをかけ始めた頃、後ろ髪を引かれる思いで会場を後にしました。
資料館には昔からコジョやナニー、マルーンの壁画が描かれていますが、これは最近描かれたもの。現ジャマイカを知るには歴史は欠かせないのですが、歴史の中でも奴隷とマルーン族の出来事はこの国が独立するのに外せないことがらで、多くのアーティストもマルーンの事を歌っています。それは現ジャマイカンはマルーン族の末裔だからかもしれない。。。ジャマイカに来たらこんな歴史のとことも知りながらレゲエを聞くともっと深みがあって面白くなると思います♪
アコンポンは普段は山奥のひっそりとした村、観光もできるのでぜひ一緒にジャマイカ歴史を見てみましょう!☆彡
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TBSテレビ【世界の果ての日本人8】に出演しました。http://video.fc2.com/content/201305091hcALYZU/
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